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プロフィール


マツバラミチヒサ 愛知県出身 53歳

大阪芸術大学芸術学部写真学科

安部写真印刷、凸版印刷を経て、2000年株式会社ディーテレビ設立

2007年スタジオ・クォーツ設立

広告写真撮影を中心に、各種アートディレクション、イベント企画を手掛ける。

2011年からは、宗旨宗派を問わず葬儀写真の撮影を行っている。

文章で書いてしまうとプロフィールなんていうのはこんなもので、

安部写真印刷時代は、トヨタ自動車の新型車解説書の制作にかかわり、凸版印刷時代は、愛知県芸術文化センターのオープニングに関わり、初のデジタルカメラに接することに、”Kodak DCS200″、今から考えれば携帯電話ガラケーのカメラ機能以下のものだったのですが、報道の方々には期待を抱かせるものでした。オープニングの式典を撮影し、DTPで紙面を制作、イメージセッターからフィルムを出力して、輪転印刷機でニュースペーパーを出力。式典の終了までに配布をするというものでした。今では当たり前の工程が当時は五里霧中、手探りでつくり上げる状態。

このあと、印刷の世界は一気にDTPの時代に変わっていくのですが、写真はまたフィルムで撮影して、スキャナで取り込むという時代が続くのでした。

その後、印刷からネット配信という時代の先読みから、凸版印刷では、インターネットを利用したコンテンツ配信、EAL “エレクトリック・アメーズランドを運営、いまだに当時のPDFが残っています。

そして実際に仕事で使えるデジタルカメラはここから8年待たなければなりません。

2000年にNikon D1が登場、凸版印刷を退社して設立したコンテンツのネット配信会社、株式会社ディーテレビでは音声に連動したWEBページめくりの番組制作にD1 使い始めました。

プロの仕事、プロのクォリティーとして、印刷ではNikon D1はギリギリ、仕事を選べばなんとか使えるというレベル。しかし、ネットを使用したコンテンツ配信では驚くほどのパフォーマンスをみせてくれたのです。

2004年には、中版カメラに取り付けるデジタルカメラバック、Sinar 54Mを入手。FUJI GX680に取り付けここから印刷を含めた仕事に利用できる環境になっていくのでした。

今ではデジタルカメラ以外で仕事をすることは皆無になりました。そしてなにより、プロの仕事として主であった印刷が減り、インターネットが中心に。

2016年見渡してみると、情報の入手はインターネットに、さらに、SNSに、メディアから得るのではなく、友達、つながりから得るように変化します。随分と写真を取り巻く環境もかわりました。技術も、機能も進化しました。

誰もがカメラを持つ時代、誰もが持つのであれば、その中にもっと先に行きたい、もっと良い写真が撮りたいと思う方がいることもわかりました。25年、プロとして仕事にしてきた知識、技術をお伝えする先生ができればいいな、そんな柔軟で、幅広い教室にしていきたいなと思っているのです。

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